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【トクホ 終わりの始まり10.サプリの逆襲②】

2021年 6月24日 12:30

通販・訪販でサプリブーム

 「シンクロニシティ(共時性)」。スイスの心理学者ユングが提唱した概念で、ある事象が同時発生的に起こることだ。1994年はサプリメントについてこの現象を指摘できる。米国で同年に制定された「栄養補助食品健康教育法(DSHEA)をたてに強い市場開放要求が起こる。日本のマーケットでも、次代へ繋がる動きが起こる。これにより、看板だけで社会実装に失敗していた特定保健用食品(トクホ)はますます影が薄くなってゆく。

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 94年、化粧品通販の大手ファンケルが通信販売を通じて健康食品事業に参入する。掲げたのは「健康食品の価格破壊」。訪販中心の流通で、高価だった健康食品を、日常的に使える価格で販売するというのが基本コンセプトだ。

 「サプリメント」という言葉を意識的に用い、健康食品のイメージを一新。パッケージもアルミ袋など、間接コストの軽減と送りやすいように簡素で軽いものとした。

 読売巨人軍を引退したばかりの原辰徳氏をイメージキャラクターにテレビCMも展開。爽やかさと手軽さを強く印象づける戦略を打ち出す。

 狙いは当たり、サプリメント事業は急成長。ディーエイチシー(DHC)、さらに小林製薬も総合的なラインアップでサプリメントを安価で売る事業を開始し、ファンケルに追随する。

 90年代後半から2000年代初頭にかけ、3社は激しい価格競争を展開する。結果としてサプリメントの価格は全体として大きく引き下がることとなる。サプリメントは、一躍、利用者を増やしていく。

 さらに見逃せないのは99年からファンケルがコンビニエンスストアの最大手、セブンイレブンでサプリメントの販売を開始したことだ。これにより、生活の一アイテムと位置づけられ、より手軽に買えるようになる。

 「私がサプリメントという言葉を日本に広めました」。ファンケル創業者の池森賢二名誉相談役は、講演などでよくこう述べていた。サプリメントの歴史を振り返るとファンケルの役割は、極めて重要だったと言えよう。

 その後、90年代後半にサントリーが「セサミンシリーズ」をテレビ通販&アウトバウンドというモデルで展開。以来、20年以上にわたり、右肩成長を続けている。

 同時期にやずや、山田養蜂場、わかさ生活など、さまざまなプレイヤーが登場し、サプリメントの市場は一気に拡大、活況を呈する。

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 実は94年以降は、もう一つのチャネルでもサプリメントブームが巻き起こっていた。MLM(マルチ・レベル・マーケティング)の市場だ。

 もともと、外資系では日本アムウェイが圧倒的な牙城を築いていたが、90年代台初頭にハーバライフ、ニュースキンなどがサプリメントなどを商材に日本へ上陸。MLMは早い時期に会員となり、ディストリビューターをリクルートすると、多額の権利収入を得られる可能性があるため、MLMの市場は、新たに会員活動を始める人を巻き込みながら急成長し始める。

 ニュースキンは、日本開業前のリクルート活動も活発で93年に開業すると、初年度で100億円を超える売上高を計上。話題をさらう。

 これを知った米国のMLM企業は、90年代半ばから、軒並み日本への進出を開始する。

 当初は会員登録し、製品は米国から個人輸入で取り寄せる形のプレマーケティングとすれば、日本進出の費用とリスクを軽減できる。ニューウェイズ、レクソール・サンダウン、モリンダ、エンリッチ、ユサナなど、一時は数十社を超えるサプリメントのMLM企業がプレマーケを行っていた。

 しかも、製品は個人輸入のため、米国仕様。日本では使用不可の機能性の高い成分も含んでおり、このことも人気に拍車をかけた。

 低迷するトクホを尻目に、サプリメントは通販と訪販で一気に売上とユーザーを広げていった。

 実態としては、94年を境に、米国だけでなく日本でもサプリメントブームというシンクロニシティが発生していた。日本ではそれに制度が追い付いておらず、市場が大きく先行したのだ。(つづく)

 
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