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中川政七商店のEC戦略③──取締役コミュニケーション本部の緒方恵本部長に聞く

2019年11月13日 10:26

生活雑貨を扱う中川政七商店の取締役でコミュニケーション本部本部長の緒方恵氏へのロングインタビュー。最終回となる3回目では、今年実施した自社ECサイトリニューアルについてです。こだわりが随所に見られる同社の通販サイト。刷新の背景や狙い、実際の成果などたっぷりと語ってもらいました。
 





入社1カ月で直販サイト1本化を提案

──今年3月に自社ECサイト「中川政七商店公式サイト」をリニューアルしました。改善した点を教えてください。

ずっと同じCMSを使っていたので、やれることが限定していました。お客様を知るための分析の機能やデータ連携のところで限界がありました。より効率的な現代的デジタルマーケティングを備えたEC運営という意味で言うと、お客様を知るということが売り上げを最大化する1番のメソッドになります。知ったお客様の状態に合わせて適切にコミュニケーションを図れるということこそが真実です。それができる基盤にしなければ、話が始まらないというのがリニューアルの経緯です。

入社して間もないタイミングで、「このままだと、ECで数字を上げていくのはすぐに頭打ちがきます」と言いました。もちろんやれることはやって売り上げを伸ばしてはいましたが、もっとドラスティックにするために、リニューアルが必要ですということを伝えたのです。

そしてブランド体験という意味では、当時出店していた「楽天市場」では私たちのブランドを覚えてもらうという行動が薄まってしまいます。良い体験をしてもらってブランド名をしっかりと覚えてもらうことで、ファンの絶対数が積み上がります。そこで直販サイト1本に絞りたいというのは、入社して1カ月目のプレゼンで伝えていました。当時の社長(現会長)が、ブランドの強さこそがすべてだというカルチャーを練り上げていたので、こちらの提案をすぐに承認してもらいました。

──そのプレゼンから2018年8月の「楽天市場」退店まで時間があります。その間はどういう時間だったのでしょうか?

簡単に言いますと、教育と組織再編成の時代です。

自分がグリップして教育できる機構というのは一つの組織にまとめないとしづらいので、まずはそれを行い、ほかには「接心好感」などの言葉化や指標の整備、OJTに取り組みました。ビジョンやそれに紐づく言葉は非常に強いのですが、ECについての言葉の在り方や、全社的にも言葉の精度を高めたほうがいいということもあり、戦略伝達の容易性を高め、会社のカルチャーを伝達しやすくするために言葉を筋肉質にしていきました。その過程でオペレーションを改善するというのを並行して走らせました。EC運営のやり方にムラがあったので、教育をしながらオペレーションを改善していきました。売り上げが伸ばせるメドが立ち、すべての準備が整ったのが2018年8月でした。

──ECサイト刷新で言うと、スマホでのUI・UXに力を入れたようですね。

PCはほぼ見ていないです。当時で8割がスマホでした。今も比率はそれほど変わっていません。当社は工芸業界の教育事業やコンサルティング事業などもやっており、官公庁や自治体、デベロッパーさんのアクセスが多いので、PCは企業情報にすぐにアクセスしやすいように作っています。例えばPCではコーポレート情報にアクセスしやすい環境にしています。

──PCではトップページの上部の目立つ位置にコーポレートサイトへ遷移できるボタンが設置されているんですね。

そこからコンサルや教育、地域活性事業などの案内をしているページに飛びます。PCではこのようにBtoB向けの導線を強くしています。デザインもごくシンプルです。

──スマホだとコーポレートサイトへのボタンはないのですか?

スマホでは、一番下にあります。スマホではUX考察やデザイン・トンマナ構築、その他あらゆるリソースを投下しました。


現代社会からすると変わったUXになりました

──スマホの操作性をかなり意識した作りになっていますね。

大体のサイトが上下のスクロールですが、コンテンツを理解したり自分に必要なものを見つけるという観点で言うと、スクロールというのは自分に必要なコンテンツが出てくるかを流れるスクロールを見ながら、出てきたら止めて、改めて再習熟する。これはスロットの目押しのようなことをやり続けているに近く、無意識的な負担が非常に高いという仮説を持っていました。

そこで「LINEマンガ」は、漫画なのでコンテンツが1つの画面で完結します。その事実に加え、「インスタグラム」のストーリーズはタップするとコンテンツが切り替わる。インスタグラムはタイムラインよりもストーリーズのほうが閲覧比率が高いらしいです。その理由として、ユーザーインタビューの結果、スクロールが面倒だという声がすごくありました。

ストーリーズは一番上にあって、タップだけで次のコンテンツに移動する。それはLINEマンガもそうです。それらが紐づいて「指を動かすことすらお客様にとってはストレスなんだ」という仮説が固まってきました。指の次は視線です。決定打は、LINEマンガは快適だけど、キンドルは面倒だと思うことがたまにありました。UX自体は一緒だけど、キンドルとLINEマンガを分けているのは視線の問題です。

要するにキンドルは上下に目を動かしながら見ていく必要があります。漫画はパッとみて全体を把握し、文字量も少ない。そこで改めて一般的なスクロールのサイトとして例えば「食べログ」を見てみると、キンドルに比べてそれほど文字を読む行為がストレスではない。そこで気づいたのですが、PCで文章を読む際にマウスでなぞりながら読む。あれと同じ現象がスマホでもあって、読むときに画面の上端に目線を合わせてそこで読む。読んだら収納していく。つまり視線を動かさずコンテンツを読み込めるためストレスが少ないという結論になりました。

今の話をまとめてモック(試作品の模型)を組んだのですが、バナーのような映像情報が主となるようなものは、画角を固定して目線を動かさないで指の動きがほぼないという状態のほうが認識率が絶対に高くなるはずだという仮説を導き出しました。一方、文章に関して言うと、画角を固定すると視線を動かさないといけないというストレスが発生するためこちらはスクロール型が望ましいという切り分けをしてモックを組みました。

モックサイトをザザッと見て「どんなコンテンツがありましたか」というテストをしましたが、スクロール型のサイトに比べて認識率が2倍以上の差が出ました。読み物のほうは逆に、スクロール型のほうが認識率は高くなりました。

リニューアルの際に、サイトを回遊するのにストレスを可能な限りゼロに持っていきたいという基礎コンセプトにしました。指は伸ばさなくてよく、あちこちいじる必要もなく、目線をたくさん動かす必要もない。

もう1つの工夫はメニュー画面を下に持ってきました。一説によると、日本人は右利きが多いため、7割程度が利き腕ではない左手でスマホを操作しているという話もあります。となると片手で操作できる範囲は真ん中から下になります。そこで操作を画面の下部分でできるようにしたのです。そして、三本戦の「ハンバーガーメニュー」をやめて、虫眼鏡にしました。サジェストもその場に出ます。閉じる時も×の部分が広いので適当にタップしても閉じることができます。

無駄な遷移をさせないという点にも工夫しました。店舗に入店して、ざっと見てもいろいろなものが目に入り、気に入ったものを手に取ります。その過程にストレスはありません。一方のECサイトは商品が全然出てこないとか、いろいろなストレスがあります。そういうものを可能な限り取り除かないと快適な買い物はできません。ユーザーペインを取り除くことを突き詰めた結果、現代社会からすると変わったUXになりました。


安易なABテストは集中力の分散を生むだけ

──リニューアルして半年ほど経ちましたが、手ごたえはいかがですか?

売り上げの3~4割を占めていた楽天市場の分を1年経たずに補完できるくらいの伸びを獲得できました。アクセス数やページ閲覧枚数も基本的に150%ずつ伸びています。

細かな部分では「中川政七」という言葉は普通のスマホの検索では一発では変換できません。そこで平仮名の「まさしち」で検索1位をとれるようにしました。

──SEO対策をしっかりと行ったと?

そうです。「紙に「『まさしち』で検索」と書いてあると、それでいけるんだという心理作用もあります。それはブランド名を覚えてもらうというコミュニケーションにもなります。平仮名の「まさしち」をお客様の脳内に焼き付けるというのは、企業活動として重要視したほうがいいという結論もあったので、この機に盛り込みました。

まだ仮説を検証しているのは山ほどありますし、トライ&エラーの連続ですが、とにかくPDCAというよりも「DDDD(実行、実行、実行、実行)」という感じです。Dが集まってから全体を振り返って、数字が良かったのか悪かったのか精査し、戦略を作ります。

ABテストもやめさせました。ABテストは使い所を見極めないと集中力とリソースの分散を生むだけで無駄になりがちです。極端に言えば「念の為」という言葉が保険的に作用してデザイナーに真面目に考えるという責任から向き合わなくてもいい機構を渡してしまうことになります。

──でも不安ではないですか?

ABテストの結果よりも、真剣に考えたもののほうが絶対に数字がいいです。大事なのは「どのようにして真剣に考えるという状況を作るか」です。これは前職の東急ハンズのデジタル部門の統括していた時から結論が出ていました。

とにかく、まずは考える時間にリソースを充てたほうがいいです。そして、スタッフ1人だけで考えるのには限界があるので、お客様が喜ぶためにどういうコンテンツにすればいいかという問いかけを上司が適切に行うのが大事です。
なぜかと言うと、一般職の人はPDCAで言うと、Dを職能として渡しているので、その人にいきなりプランニングを渡すのはそもそも暴力的な話です。とはいえ、いずれP(計画)に携わってもらわないと困るので、Pのヒントをあげるのはマネージャーの仕事です。C(評価)とA(改善)はみんなでやる。みんなで振り返らないとチームの力が強くなってきません。というわけで「如何に考えるか?」その力を育むためにもABテストはするべきではありません。必要なのは「適切な問いかけ」です。失敗したら分析と振り返りを行い、それを踏まえて再挑戦をすればいいんです。

──今後についてECの計画は?

まずやれてないことは、店舗で会員登録ができません。今は店舗ではまだスタンプカードです。企業としてはお客様の情報の解像度が上がれば、より適切な「接心好感」ができます。お客様にはポイントか景品か、ゴールドバッジのような形で還元するのかはいろいろなパターンがありますが、それを今システムとして準備しています。アプリではなくまずはウェブで行います。これによって接心好感の品質が上がります。簡単に言うとCRMの質が上がります。

2つ目はブランドに集約したい情報と、お店で発信するべき情報は基本的に異なります。お客様のファンとしてのロイヤリティはブランドよりは店に持ってもらたいたい。人と人が話して良さを伝えるので、「〇〇店の店長から買いたい」という人を増やしたいです。ただ、店長のファンになっても、店のLINE@がないとブランド全体からのメルマガになったりしますので、その店長からのお手紙にはなり得ない。店長のお手紙を実現するのは店舗のアカウントです。みんながECをゴリゴリに使いこなすわけではなく、店舗ばかりで買う人のほうが日本では分母は大きい。リアル店舗にしか来ないお客様の絶対数が多いので、ブランドで何が起きているというグロスの情報も大事なのですが、今お店に何があるか、何が起きているかという情報が一番大事です。「今日これが入荷しました」と、写真をとってLINE@に送るというほうが情報として品質が良く、そのお客様にとってより役立つと思います。「個店CRM」という考え方をしていて、それをどれだけ伸ばすかということを重要視しています。

ブランド全体についてはまだしばらくは一括配信でいいと思っています。その理由は、パーソナライズは個店のCRM側でやるべきだと考えているからです。この人がフキンしか買わないという場合に店長がきちんと接客すれば他のアイテムも販売できる自負があります。それは品質に圧倒的な自信があるからできることです。基本、全商品を大声で訴求したい。ただ、接心好感の基準があるので、お客様に合わせて接客とレコメンドを行います。全商品が最高だという前提があれば、接客の品質はおのずと上がってきます。
                                              (おわり)
 
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