通販専門チャンネルを運営するテレビ通販大手のQVCジャパンは新規層へアプローチや既存顧客との接点拡大のためのタッチポイントとして、インターネット上の仮想世界・仮想空間である”メタバース”を積極活用し、新たな取り組みを進めている。一環としてNTTドコモが保有するメタコミュニケーション技術(超多人数接続技術など)を用いて、Relic(=レリック)が運営するメタコミュニケーションサービス「MetaMe®(=メタミー)」上で、同社の社屋を模したメタバース空間「メタバースQVCお買い物PLAZA」と「QVCイベント空間」を昨年12月15日から今年4月14日まで公開。様々な取り組みを展開してメタバースのEC活用における新たな可能性を模索した。「メタバースQVCお買い物PLAZA」の戦略や運用などを担当するQVCジャパンの古谷道実氏(ブロードキャスティング・ブロードキャスト&スタジオ オペレーションズ・ブロードキャストオペレーションズ・シニアマネージャー)と濵田成就氏(ストラテジー&イノベーション・ポートフォリオ&プログラムマネジメントアナリスト)、QVCの取り組みに協力したNTTドコモの吉田直政氏(R&D戦略部社会実装推進担当部長)とRelicの武内康範氏(ビジネスイノベーション事業本部ビジネスクリエイション事業部シニアマネージャー)の4人にメタバースを積極活用する狙いや同空間で実施した具体的な取り組みや成果、今後のメタバースおよびメタバースのEC活用の可能性などについて聞いた(
画像㊤、左からQVCジャパンの濵田成就氏、古谷道実氏、NTTドコモの吉田直政氏、Relicの武内康範氏)。
メタバース活用は可能性の1つ
――QVCジャパンはメタバースを積極的に活用した取り組みを進めている。なぜメタバースなのか。
古谷「メタバースありきということではなく、テレビ通販やECではリーチできない新規のお客様層へのタッチポイントや新しいビジネスモデル構築の可能性を探るため、様々ある選択肢の中の1つの手段として着目してきた。その一環でメタバースに関して3年前からプロジェクトを組んで取り組んできた。まず、一昨年8月に(QVCの通販専門チャンネルで放送するファッションアイテムに特化した特番である)『ファッションデー』の時に番組内で登場するモデルの背景について3DCG(=3次元のデジタルグラフィックス)を用いて表現した。これはメタバースではないのだが、新しいテクノロジーの活用による可能性を探ったという意味でフェーズ1と位置付けている。昨年12月にはメタバース空間内でユーザーがアバター同士でチャットや絵文字機能によるコミュニケーション、大型スクリーンによる番組の視聴、売れ筋のアパレルブランドの商品のモデル着用画像が360度どこからでも見ることができるイメージビジュアルを表示しクリックすると通販サイトで購入できる取り組みなどを行った『未来空間QVCプラネット』を作って7日間の限定で公開した。これがフェーズ2だ。この時は既存のお客様がメタバースに興味・関心を持って頂けるかのみをKPIに設定して実施したが想定以上に関心を持って頂け、利用を頂いた。そこで次は売り上げとニューネーム(=新規顧客獲得)をKPIに置いてビジネスとしての利用を想定したフェーズ3に挑戦してみようという段階になり、今回の『メタバースQVCお買い物PLAZA』(以下、『お買い物プラザ』)を公開しようと考えた」
――「お買い物プラザ」はドコモおよびRelicと組んで作成した。理由は。
濵田「売り上げやニューネームをKPIとして実施していくためには、当社の既存顧客以外の方々に利用の促進を促す必要があるわけだが、フェーズ2のように当社単独のメタバース空間を作って公開しても難しい。そこですでに一定の利用者がいるメタバースサービスと組んで、そこの中に展開していこうと数社のサービスを検討して、その高い技術力や再現性に惹かれて『MetaMe®』を選んだ。ここに当社のメタバース空間を展開することでドコモや『MetaMe®』の利用者に当社の取り組みを知って頂き、利用頂きたいと考えた」
――「MetaMe®」はどのあたりが他サービスより優れているのか。特徴を伺いたい。
武内「『MetaMe®』はドコモのR&D(=研究開発)で生み出された技術を活用してRelicが事業主体となって昨年2月からベータ版として公開しているWebブラウザーから利用できるメタバースサービスだ。ユーザーはウェブでいうポータルサイト的な役割である『はじまりの広場』から『MetaMe®』内にある様々な空間に移動できる。今回の『お買い物プラザ』のように、企業や自治体が出店する形の空間もある。例えば北海道の地域創生のためのものや様々なゲームで遊ぶことができるゲームセンター的なものなどだ」
吉田「定常的な催しの一方で、企業とともに月に1~2回程度のペースでイベントを実施している。出演者とアバターとなったユーザーが同じ空間で一体感を持って盛り上がりつつ、何らかインタラクションしていくというメタバースならでは体験に可能性を感じて頂ける企業も多い。最近ではVライバー(バーチャルキャラクターによるライブ配信者)によるイベントが大きな盛り上がりを見せた。QVCジャパンでもこうしたイベントを『お買い物プラザ』の公開期間中に6回程度、実施頂いた。利用者数の詳細は公表していないが、イベント開催時には多くのお客様が参加される。実は一般的な他のメタバース空間は一度に参加可能なユーザー数は50~100人程度だ。『MetaMe®』は最大1000人までが同時に集まれる技術を導入しており、より盛り上がれるようになっている。これは大きな特徴と言える」
濵田「表現力も『MetaMe®』の魅力だった。現状のメタバースサービスのデザインやアバターはアニメっぽいルックスであることが多い。メタバースとゲーム・アニメは親和性が高いためだと思うが、広い層の利用を考えた場合、受け入れにくい部分もあるし、自身の分身でいるアバターの現実感が薄くなってしまうこともある。その点、『MetaMe®』のものはプレーンで大衆受けするルックスだ。色々なメタバース空間を試したが一番しっくりきた。実はここは企業が利用させて頂く上で大事な要素だろうと思う」
吉田「デザインに関しては結構、議論を重ねて最も中道をいくことにして、尖らせないことを尖らせた。世界中で嫌われないデザインは尖りを全部取った形だからだ。逆に言うと、ユーザーや出展される事業者自身がカスタマイズできる、尖らせる余白を残した」
――QVCのように「MetaMe®」に自社の専用空間を作るためにはどのくらいの予算がかかるのか。
武内「『MetaMe®』はまだこれから色々と形作っていくところということもあり、正規の価格は定めてない。今の時点ではQVCのような先進的な取り組みを行いたいというような特定の企業と組んでメタバースを盛り上げていきたいとの思いがあり、幅広く出展を募るというような取り組みは行っていなかったが、今後は料金などをパッケージ化して出展頂きたいと広く事業者の皆様にご案内できる時期が近い未来には来ると考えている」
メタバース空間にQVC本社を再現
――「お買い物プラザ」の特徴は。
古谷「QVCジャパンの本社『QVCスクエア』を模した空間内に当社が販売する商品を紹介するショッピングスペースを『ファッション&ファッショングッズ』『ヘルス&ビューティー』『ジュエリー』『キッチン&フード』『ホーム&家電』『Men'sセレクション』『QVC催事場』とジャンル別など7つの店舗に分けて設置して、販売中の商品の画像を掲示している。ユーザーのアバターが前に立つと商品名を記したボタンを表示し、当該ボタンをクリックすると説明文が表示され、当該画面の『ECサイトへ』というボタンから当社の通販サイト内の販売ページに飛び、購入できる仕組みだ。紹介商品は週1回毎週木曜日に変えてお客様が買いやすく、魅力的なものを選んだ。メタバース経由でお客様にお買い物をして頂きたいということが一番の狙いだ」
――通販へスムーズにユーザーを誘導するために工夫した点は。
濵田「新規のお客様も多く、『QVCって何』という方もいらっしゃるはずで、また、アバターの操作に慣れていない方も少なくないと考えたので『お買い物プラザ』の入口のところから各店舗が並ぶような全体が見渡せるようにしてショッピングモールだと分かり、操作に不慣れでも目的の場所に直感的にたどり着きやすいように設計にした。一般的にメタバース空間は迷路みたいな構造のものが多いが、動き回らなくとも位置関係が分かるようにした。また、その入り口近くには新規会員登録を頂いた方に割引クーポンをプレゼントするというキャンペーン情報の告知や『初めてのお客様はこういったものを購入されている』という案内を記載している。あとはアバターの操作に慣れていない方でもよい商品にたどり着きやすいよう入り口からまっすぐに進むと『催事場』に今、一押しのお得な商品を置いて、それがすぐに目につくようにしている。『初めての方』を意識して作り込んだ。こういったコンセプトを考えてどこまでできるか相談させて頂きつつ、多少強引なところもあったと思うが、何とかそこを組もうと色々と尽力頂き、実現できたのはドコモ、Relicのお力で感謝している」
吉田「QVCではこれまでのECの経験などを踏まえて、メタバース空間にどう人が入ってきて、空間をどういう形にすれば入ってきた人が回遊し、商品の購買に至るかというノウハウ、設計図が分かっている。我々は正直、そのあたりのノウハウは足りないため、そこはご一緒させて頂いて学ばせていただいた。あとは我々側でも例えばウェブページで言えばバナーで告知するような、店舗の店員におすすめの商品を告知させるような仕組みを『お買い物プラザ』で行おうと、QVC側と議論させて頂きながら当社の技術で開発した『AIショップ店員』というものを実装させて頂いた。このAIショップ店員とはAI(人工知能)で学習しながらユーザーからの問い合わせや商品のおすすめなどを行うチャット形式で行えるものだ。ユーザーの空間内の回遊促進や商品購入の導線作りに役立っているのではないか」
――AIショップ店員はいつから、どこに導入したのか。
濵田「サービスの名称は『グルmetaQ(グルメタキュー)さん』として3月8日から、『お買い物プラザ』内にある社屋3階の『キッチン&フード』の店員として導入した。店の前に立ってお客様からの質問への返答や自ら話しかけたりもする。また、例えば、『チョコレートが好き』という会話になかで『甘いのと少し苦いのではどちらが好き?』などの会話を繰り返して好みを探るなどして最後に適切な商品をお勧めするというようなレコメンドやQVCに関する質疑応答などに対応している」
ラグビー選手が商品を紹介
――「お買い物プラザ」の公開期間中に行った主なイベントの内容と成果は。
古谷「主なところでは1月23日にドコモから紹介頂く形でラグビーにおける日本国内最高峰のリーグ『JAPAN RUGBY LEAGUE ONE(ジャパンラグビー リーグワン)』所属のラグビーチーム『浦安D‐Rocks』の選手たちに出演頂き、ナビゲーター(QVCの通販専門チャンネルに出演する番組進行役)が選手に日々のルーティンについて聞いたり、当社が販売する運動器具『SIXPADパワーローラーS』を実際に体験頂く様子を生配信する取り組みを行った。『D‐Rocks』を応援している恐らくQVCとこれまであまり接点がなかったような若い層の皆様にファンであるラグビー選手が実際に試した健康作りに役立つ商品が響くかどうかということの検証と、それによってQVCを知って頂きかつ商品を購入頂き、お客様になってもらいたいという狙いだった。『D‐Rocks』を応援されている方々にはそれなりの数の方々にイベントに参加頂け、イベントの自体の盛り上がりにも手ごたえを感じ、そういった意味でも成果があった」
――盛り上がりに手ごたえとは。
古谷「テレビの場合は様々な制限があり、自由な演出ができない。分単位で売上目標があり、余計なことをせず商品の特徴の説明などに時間をかけたいからだ。一方でメタバースでのイベント配信では、そうした縛りはないし、メタバースではまず参加頂くための理由付けが第一だ。そのためにはユーザーに楽しんで頂かねばければならない。例えばボールがフィールドの外に出てしまって試合を再開させる際に、外から投げ込まれたボールを選手を高く持ち上げることで奪う『ラインアウト』を実際に選手たちにやってもらったりなど、ラグビーの楽しさを伝えるための演出を多く取り入れた。イベント中に紹介した『SIXPAD』はプロ仕様の上位機種を紹介したが、テレビ通販であれば、売り上げを確実に上げるためにある程度、決まっている流れに沿って進める必要があるわけだが、メタバースではそうした決まりはない。それよりも商品を紹介する上で最も説得力があるのはプロスポーツ選手である皆様のコメントであり、いつも応援しているあの選手が商品を試して感想を話していること自体が特別感があるわけだ。だから選手に自由に感想を伺いながら、それと絡めて商品を訴求した。当社のナビゲーターもいつもより楽しそうに進行していたのが印象的で、参加頂いたお客様にもそのあたりが響いて盛り上がりを見せたのではないか。ちなみにテレビと比較すれば厳しいが、このくらい売れればいいかなという目標に届く程度には商品も売れた」
新作スニーカーを先行販売
――ほかに印象に残ったイベントは。
濵田「通販との連携で言うと2月15日に実施した米シューズブランド『スケッチャーズ』のQVC限定モデルの新作スニーカー『スケッチャーズ アーチフィット スリップインズ ワイドスニーカー』をその翌日に放送する(QVCの通販専門放送の)番組に先駆けて紹介、先行販売を行ったライブイベントだ。スケッチャーズは戦略として昨年末から今年の年始にかけて、タレントを起用して新発売の靴べらのようなかかとで立ったままでも手を使わずにスッと履けるスニーカー『スリップインズ』を紹介するテレビCMを相当量、放送していた。このタイプのスニーカーはQVCでもテレビ通販で販売する予定だったが、メタバースで先行販売を行うことでテレビCM効果も手伝って話題性もあるし、メタバースに新しいお客様を呼べる理由付けになるのではということでやってみることにした。メタバース内での紹介の仕方も先ほどの『D‐Rocks』同様、通販番組のセオリーにはない演出を行った。通常の番組では本社内の撮影スタジオで商品を紹介するわけだが、スタジオではなく、本社の前で『これが本物のQVCスクエアですよ』としつつ、ナビゲーターがそのスケッチャーズのスニーカーを履いて歩いてきて歩きやすく履きやすいというところを訴求する演出とした。加えて本来、番組では出演してはいけない決まりのスタッフをあえて登場させて、その場で4人のスタッフが並んで次々にスニーカーを簡単に履けていく様子を紹介したり、あわせて本社内も歩きながら、撮影スタジオも外から紹介するなどして『スタジオは実はこうなっているんですね』などいつもの番組ではお見せしていない裏側を見せていく演出にした。CMで話題のスケッチャーズの新たなスニーカーという話題性に加えて、QVCの通販の裏側を見られるというようなメタバースならではの特別感を感じて頂ける演出にしたことで、スニーカーに興味を持ってメタバースでの先行販売イベントに来て頂けた新規のお客様に当社にも興味を持って頂けるような形で訴求できたことで、やはり一定の成果を上げることができた。この取り組みにはスケッチャーズの日本の代表の方もすごく喜んでいた」
eスポーツ大会を配信、EC連動も
――「お買い物プラザ」の最終公開日である4月14日には主催するeスポーツ大会「『ぷよぷよeスポーツ』QVC CUP in Metaverse」をライブ配信した。これまで行ってきたイベントの中でも最も規模の大きいものになった。実施した狙いや通販との連携は。
古谷「新規層へのタッチポイントという意味でメタバースに取り組んだのと同様に、老若男女、様々な世代に幅広く楽しまれ競技人口も多いeスポーツにも取り組んでみたいということで当社と同じく三井物産の資本が入っており、関係性のあるBSチャンネル『BS12 トゥエルビ』を運営するワールド・ハイビジョン・チャンネルに総合プロデュースをお願いしつつ、当社の中心お客様層である中高齢層の方々でも楽しんで頂けやすいシンプルな操作性で分かりやすいパズルゲームである『ぷよぷよ』のeスポーツ大会を初めて主催することにした。そして、メタバース空間では親和性の高さからeスポーツ大会やオンラインゲームのイベントを頻繁に開催されているということもあり、当社としても大会の模様は『MetaMe®』『お買い物プラザ』でのみの配信としてメタバースにユーザーを呼び込むための施策とした。結果としてeスポーツ顧客層にアプローチでき、多くの集客が得られた」
濵田「通販との連携については全部で約3時間かけて行う試合の合間に10分程度の商品紹介コーナーを2回設けて、『D‐Rocks』のイベントでも紹介した『SIXPADパワーローラーS』を大会に出場したeスポーツの選手に使ってもらう形で紹介した。eスポーツに選手はモニターの前でコントローラーを握ってほぼ同じ姿勢でゲームをプレイするわけだ。そうなるとやはり腰や手が疲れるという悩みもある。であれば、やはり『SIXPAD』を選手の方々に使って頂きたいと考え、無理なく通販と絡めた演出として訴求した。実際の販売の成果としても想定通りの売れ行きとなった」
お客様の日常に浸透していない
――4月14日で「お買い物プラザ」は公開を終了したわけだが、今回のメタバースの取り組みを一旦終えて感じた成果と課題についてはどう考えているか。
古谷「率直に感じたのはメタバースはまだお客様の日常に浸透してないということ。なので『お買い物プラザ』に来て頂けるお客様の絶対数が少ない。お客様に『あそこに行ってみよう!』という確かなメリットを与えることができて、お客様の日常の一部になることができればまた変わってくるだろうなという印象だ。成果に関しては『お買い物プラザ』を紹介するランディングページへのアクセス数は予想以上に多かったこと。つまり、メタバースや『お買い物プラザ』に興味を持ってもらい、『何だろう』というところまでは来て頂いている。そこから実際に『MetaMe®』にログインして『お買い物プラザ』に来て頂ける方は多くなくそこも課題の1つだ」
メタバース活用は可能性の1つ
――QVCジャパンはメタバースを積極的に活用した取り組みを進めている。なぜメタバースなのか。
古谷「メタバースありきということではなく、テレビ通販やECではリーチできない新規のお客様層へのタッチポイントや新しいビジネスモデル構築の可能性を探るため、様々ある選択肢の中の1つの手段として着目してきた。その一環でメタバースに関して3年前からプロジェクトを組んで取り組んできた。まず、一昨年8月に(QVCの通販専門チャンネルで放送するファッションアイテムに特化した特番である)『ファッションデー』の時に番組内で登場するモデルの背景について3DCG(=3次元のデジタルグラフィックス)を用いて表現した。これはメタバースではないのだが、新しいテクノロジーの活用による可能性を探ったという意味でフェーズ1と位置付けている。昨年12月にはメタバース空間内でユーザーがアバター同士でチャットや絵文字機能によるコミュニケーション、大型スクリーンによる番組の視聴、売れ筋のアパレルブランドの商品のモデル着用画像が360度どこからでも見ることができるイメージビジュアルを表示しクリックすると通販サイトで購入できる取り組みなどを行った『未来空間QVCプラネット』を作って7日間の限定で公開した。これがフェーズ2だ。この時は既存のお客様がメタバースに興味・関心を持って頂けるかのみをKPIに設定して実施したが想定以上に関心を持って頂け、利用を頂いた。そこで次は売り上げとニューネーム(=新規顧客獲得)をKPIに置いてビジネスとしての利用を想定したフェーズ3に挑戦してみようという段階になり、今回の『メタバースQVCお買い物PLAZA』(以下、『お買い物プラザ』)を公開しようと考えた」
――「お買い物プラザ」はドコモおよびRelicと組んで作成した。理由は。
濵田「売り上げやニューネームをKPIとして実施していくためには、当社の既存顧客以外の方々に利用の促進を促す必要があるわけだが、フェーズ2のように当社単独のメタバース空間を作って公開しても難しい。そこですでに一定の利用者がいるメタバースサービスと組んで、そこの中に展開していこうと数社のサービスを検討して、その高い技術力や再現性に惹かれて『MetaMe®』を選んだ。ここに当社のメタバース空間を展開することでドコモや『MetaMe®』の利用者に当社の取り組みを知って頂き、利用頂きたいと考えた」
――「MetaMe®」はどのあたりが他サービスより優れているのか。特徴を伺いたい。
武内「『MetaMe®』はドコモのR&D(=研究開発)で生み出された技術を活用してRelicが事業主体となって昨年2月からベータ版として公開しているWebブラウザーから利用できるメタバースサービスだ。ユーザーはウェブでいうポータルサイト的な役割である『はじまりの広場』から『MetaMe®』内にある様々な空間に移動できる。今回の『お買い物プラザ』のように、企業や自治体が出店する形の空間もある。例えば北海道の地域創生のためのものや様々なゲームで遊ぶことができるゲームセンター的なものなどだ」
吉田「定常的な催しの一方で、企業とともに月に1~2回程度のペースでイベントを実施している。出演者とアバターとなったユーザーが同じ空間で一体感を持って盛り上がりつつ、何らかインタラクションしていくというメタバースならでは体験に可能性を感じて頂ける企業も多い。最近ではVライバー(バーチャルキャラクターによるライブ配信者)によるイベントが大きな盛り上がりを見せた。QVCジャパンでもこうしたイベントを『お買い物プラザ』の公開期間中に6回程度、実施頂いた。利用者数の詳細は公表していないが、イベント開催時には多くのお客様が参加される。実は一般的な他のメタバース空間は一度に参加可能なユーザー数は50~100人程度だ。『MetaMe®』は最大1000人までが同時に集まれる技術を導入しており、より盛り上がれるようになっている。これは大きな特徴と言える」
濵田「表現力も『MetaMe®』の魅力だった。現状のメタバースサービスのデザインやアバターはアニメっぽいルックスであることが多い。メタバースとゲーム・アニメは親和性が高いためだと思うが、広い層の利用を考えた場合、受け入れにくい部分もあるし、自身の分身でいるアバターの現実感が薄くなってしまうこともある。その点、『MetaMe®』のものはプレーンで大衆受けするルックスだ。色々なメタバース空間を試したが一番しっくりきた。実はここは企業が利用させて頂く上で大事な要素だろうと思う」
吉田「デザインに関しては結構、議論を重ねて最も中道をいくことにして、尖らせないことを尖らせた。世界中で嫌われないデザインは尖りを全部取った形だからだ。逆に言うと、ユーザーや出展される事業者自身がカスタマイズできる、尖らせる余白を残した」
――QVCのように「MetaMe®」に自社の専用空間を作るためにはどのくらいの予算がかかるのか。
武内「『MetaMe®』はまだこれから色々と形作っていくところということもあり、正規の価格は定めてない。今の時点ではQVCのような先進的な取り組みを行いたいというような特定の企業と組んでメタバースを盛り上げていきたいとの思いがあり、幅広く出展を募るというような取り組みは行っていなかったが、今後は料金などをパッケージ化して出展頂きたいと広く事業者の皆様にご案内できる時期が近い未来には来ると考えている」
メタバース空間にQVC本社を再現
――「お買い物プラザ」の特徴は。
古谷「QVCジャパンの本社『QVCスクエア』を模した空間内に当社が販売する商品を紹介するショッピングスペースを『ファッション&ファッショングッズ』『ヘルス&ビューティー』『ジュエリー』『キッチン&フード』『ホーム&家電』『Men'sセレクション』『QVC催事場』とジャンル別など7つの店舗に分けて設置して、販売中の商品の画像を掲示している。ユーザーのアバターが前に立つと商品名を記したボタンを表示し、当該ボタンをクリックすると説明文が表示され、当該画面の『ECサイトへ』というボタンから当社の通販サイト内の販売ページに飛び、購入できる仕組みだ。紹介商品は週1回毎週木曜日に変えてお客様が買いやすく、魅力的なものを選んだ。メタバース経由でお客様にお買い物をして頂きたいということが一番の狙いだ」
――通販へスムーズにユーザーを誘導するために工夫した点は。
濵田「新規のお客様も多く、『QVCって何』という方もいらっしゃるはずで、また、アバターの操作に慣れていない方も少なくないと考えたので『お買い物プラザ』の入口のところから各店舗が並ぶような全体が見渡せるようにしてショッピングモールだと分かり、操作に不慣れでも目的の場所に直感的にたどり着きやすいように設計にした。一般的にメタバース空間は迷路みたいな構造のものが多いが、動き回らなくとも位置関係が分かるようにした。また、その入り口近くには新規会員登録を頂いた方に割引クーポンをプレゼントするというキャンペーン情報の告知や『初めてのお客様はこういったものを購入されている』という案内を記載している。あとはアバターの操作に慣れていない方でもよい商品にたどり着きやすいよう入り口からまっすぐに進むと『催事場』に今、一押しのお得な商品を置いて、それがすぐに目につくようにしている。『初めての方』を意識して作り込んだ。こういったコンセプトを考えてどこまでできるか相談させて頂きつつ、多少強引なところもあったと思うが、何とかそこを組もうと色々と尽力頂き、実現できたのはドコモ、Relicのお力で感謝している」
吉田「QVCではこれまでのECの経験などを踏まえて、メタバース空間にどう人が入ってきて、空間をどういう形にすれば入ってきた人が回遊し、商品の購買に至るかというノウハウ、設計図が分かっている。我々は正直、そのあたりのノウハウは足りないため、そこはご一緒させて頂いて学ばせていただいた。あとは我々側でも例えばウェブページで言えばバナーで告知するような、店舗の店員におすすめの商品を告知させるような仕組みを『お買い物プラザ』で行おうと、QVC側と議論させて頂きながら当社の技術で開発した『AIショップ店員』というものを実装させて頂いた。このAIショップ店員とはAI(人工知能)で学習しながらユーザーからの問い合わせや商品のおすすめなどを行うチャット形式で行えるものだ。ユーザーの空間内の回遊促進や商品購入の導線作りに役立っているのではないか」
――AIショップ店員はいつから、どこに導入したのか。
濵田「サービスの名称は『グルmetaQ(グルメタキュー)さん』として3月8日から、『お買い物プラザ』内にある社屋3階の『キッチン&フード』の店員として導入した。店の前に立ってお客様からの質問への返答や自ら話しかけたりもする。また、例えば、『チョコレートが好き』という会話になかで『甘いのと少し苦いのではどちらが好き?』などの会話を繰り返して好みを探るなどして最後に適切な商品をお勧めするというようなレコメンドやQVCに関する質疑応答などに対応している」
ラグビー選手が商品を紹介
――「お買い物プラザ」の公開期間中に行った主なイベントの内容と成果は。
古谷「主なところでは1月23日にドコモから紹介頂く形でラグビーにおける日本国内最高峰のリーグ『JAPAN RUGBY LEAGUE ONE(ジャパンラグビー リーグワン)』所属のラグビーチーム『浦安D‐Rocks』の選手たちに出演頂き、ナビゲーター(QVCの通販専門チャンネルに出演する番組進行役)が選手に日々のルーティンについて聞いたり、当社が販売する運動器具『SIXPADパワーローラーS』を実際に体験頂く様子を生配信する取り組みを行った。『D‐Rocks』を応援している恐らくQVCとこれまであまり接点がなかったような若い層の皆様にファンであるラグビー選手が実際に試した健康作りに役立つ商品が響くかどうかということの検証と、それによってQVCを知って頂きかつ商品を購入頂き、お客様になってもらいたいという狙いだった。『D‐Rocks』を応援されている方々にはそれなりの数の方々にイベントに参加頂け、イベントの自体の盛り上がりにも手ごたえを感じ、そういった意味でも成果があった」
――盛り上がりに手ごたえとは。
古谷「テレビの場合は様々な制限があり、自由な演出ができない。分単位で売上目標があり、余計なことをせず商品の特徴の説明などに時間をかけたいからだ。一方でメタバースでのイベント配信では、そうした縛りはないし、メタバースではまず参加頂くための理由付けが第一だ。そのためにはユーザーに楽しんで頂かねばければならない。例えばボールがフィールドの外に出てしまって試合を再開させる際に、外から投げ込まれたボールを選手を高く持ち上げることで奪う『ラインアウト』を実際に選手たちにやってもらったりなど、ラグビーの楽しさを伝えるための演出を多く取り入れた。イベント中に紹介した『SIXPAD』はプロ仕様の上位機種を紹介したが、テレビ通販であれば、売り上げを確実に上げるためにある程度、決まっている流れに沿って進める必要があるわけだが、メタバースではそうした決まりはない。それよりも商品を紹介する上で最も説得力があるのはプロスポーツ選手である皆様のコメントであり、いつも応援しているあの選手が商品を試して感想を話していること自体が特別感があるわけだ。だから選手に自由に感想を伺いながら、それと絡めて商品を訴求した。当社のナビゲーターもいつもより楽しそうに進行していたのが印象的で、参加頂いたお客様にもそのあたりが響いて盛り上がりを見せたのではないか。ちなみにテレビと比較すれば厳しいが、このくらい売れればいいかなという目標に届く程度には商品も売れた」
新作スニーカーを先行販売
――ほかに印象に残ったイベントは。
濵田「通販との連携で言うと2月15日に実施した米シューズブランド『スケッチャーズ』のQVC限定モデルの新作スニーカー『スケッチャーズ アーチフィット スリップインズ ワイドスニーカー』をその翌日に放送する(QVCの通販専門放送の)番組に先駆けて紹介、先行販売を行ったライブイベントだ。スケッチャーズは戦略として昨年末から今年の年始にかけて、タレントを起用して新発売の靴べらのようなかかとで立ったままでも手を使わずにスッと履けるスニーカー『スリップインズ』を紹介するテレビCMを相当量、放送していた。このタイプのスニーカーはQVCでもテレビ通販で販売する予定だったが、メタバースで先行販売を行うことでテレビCM効果も手伝って話題性もあるし、メタバースに新しいお客様を呼べる理由付けになるのではということでやってみることにした。メタバース内での紹介の仕方も先ほどの『D‐Rocks』同様、通販番組のセオリーにはない演出を行った。通常の番組では本社内の撮影スタジオで商品を紹介するわけだが、スタジオではなく、本社の前で『これが本物のQVCスクエアですよ』としつつ、ナビゲーターがそのスケッチャーズのスニーカーを履いて歩いてきて歩きやすく履きやすいというところを訴求する演出とした。加えて本来、番組では出演してはいけない決まりのスタッフをあえて登場させて、その場で4人のスタッフが並んで次々にスニーカーを簡単に履けていく様子を紹介したり、あわせて本社内も歩きながら、撮影スタジオも外から紹介するなどして『スタジオは実はこうなっているんですね』などいつもの番組ではお見せしていない裏側を見せていく演出にした。CMで話題のスケッチャーズの新たなスニーカーという話題性に加えて、QVCの通販の裏側を見られるというようなメタバースならではの特別感を感じて頂ける演出にしたことで、スニーカーに興味を持ってメタバースでの先行販売イベントに来て頂けた新規のお客様に当社にも興味を持って頂けるような形で訴求できたことで、やはり一定の成果を上げることができた。この取り組みにはスケッチャーズの日本の代表の方もすごく喜んでいた」
eスポーツ大会を配信、EC連動も
――「お買い物プラザ」の最終公開日である4月14日には主催するeスポーツ大会「『ぷよぷよeスポーツ』QVC CUP in Metaverse」をライブ配信した。これまで行ってきたイベントの中でも最も規模の大きいものになった。実施した狙いや通販との連携は。
古谷「新規層へのタッチポイントという意味でメタバースに取り組んだのと同様に、老若男女、様々な世代に幅広く楽しまれ競技人口も多いeスポーツにも取り組んでみたいということで当社と同じく三井物産の資本が入っており、関係性のあるBSチャンネル『BS12 トゥエルビ』を運営するワールド・ハイビジョン・チャンネルに総合プロデュースをお願いしつつ、当社の中心お客様層である中高齢層の方々でも楽しんで頂けやすいシンプルな操作性で分かりやすいパズルゲームである『ぷよぷよ』のeスポーツ大会を初めて主催することにした。そして、メタバース空間では親和性の高さからeスポーツ大会やオンラインゲームのイベントを頻繁に開催されているということもあり、当社としても大会の模様は『MetaMe®』『お買い物プラザ』でのみの配信としてメタバースにユーザーを呼び込むための施策とした。結果としてeスポーツ顧客層にアプローチでき、多くの集客が得られた」
濵田「通販との連携については全部で約3時間かけて行う試合の合間に10分程度の商品紹介コーナーを2回設けて、『D‐Rocks』のイベントでも紹介した『SIXPADパワーローラーS』を大会に出場したeスポーツの選手に使ってもらう形で紹介した。eスポーツに選手はモニターの前でコントローラーを握ってほぼ同じ姿勢でゲームをプレイするわけだ。そうなるとやはり腰や手が疲れるという悩みもある。であれば、やはり『SIXPAD』を選手の方々に使って頂きたいと考え、無理なく通販と絡めた演出として訴求した。実際の販売の成果としても想定通りの売れ行きとなった」
お客様の日常に浸透していない
――4月14日で「お買い物プラザ」は公開を終了したわけだが、今回のメタバースの取り組みを一旦終えて感じた成果と課題についてはどう考えているか。
古谷「率直に感じたのはメタバースはまだお客様の日常に浸透してないということ。なので『お買い物プラザ』に来て頂けるお客様の絶対数が少ない。お客様に『あそこに行ってみよう!』という確かなメリットを与えることができて、お客様の日常の一部になることができればまた変わってくるだろうなという印象だ。成果に関しては『お買い物プラザ』を紹介するランディングページへのアクセス数は予想以上に多かったこと。つまり、メタバースや『お買い物プラザ』に興味を持ってもらい、『何だろう』というところまでは来て頂いている。そこから実際に『MetaMe®』にログインして『お買い物プラザ』に来て頂ける方は多くなくそこも課題の1つだ」