今やどの企業も当たり前のように自社のSNSアカウントを保有し運用していますが、数多くの企業が「他社もやってるし無料だからウチもしよう」、そんな理由でなんとなくアカウントを開設し、運用しているのではないでしょうか。
始まりのきっかけを重要視する必要はありませんが、ただなんとなく始めた運用が続いていくことには、引っかかりを感じています。
この連載は、わかさ生活に新卒で入社し馬の被り物を被った独自運営でいくつもの結果を出した、現・電子印鑑GMOサイン(@GMO_Sign)公式X担当の中の人による連載です。現場の視点から、企業Xについて考えていきます。
企業の発信はなぜノイズになるのか
企業からすれば、Xという場は「多くの人が集まっている絶好の宣伝場所」「バズれば一気に認知が広がる場所」くらいの認識をされていることが多いかと思います。
Xは主に3つの使われ方をしている場です。好きなアーティストやスポーツ・アニメ・ゲームで同志と繋がる『推し活・趣味コミュニティの場』、ニュースや災害情報をテレビより早く知る『リアルタイムの情報収集の場』、そして「わかる!」「同じだ!」と共感し合う『日常のつぶやきの場』です。
これらに共通しているのは「自分が選んで来ている」という点です。誰かに連れて来られたわけではなく、自分の意志でその場にいます。だからこそ、好きでもない企業の求めていない宣伝はただのノイズになります。それでも企業側からすれば、これだけ多くの人が集まる場所で、自社や商品のファンを作りたいと思うのは自然なことです。そのために、各社にSNSの運用担当者が配置されています。
すでに多くのファンを抱えている会社や、企業からの第一報が求められているような会社など、一方的な発信でよい場合もあります。むしろ、下手にコミュニケーションを取ろうとする方が情報を求めているファンにとってのノイズになる可能性があるのです。
問題はそうではない会社です。ファンがまだいない、あるいは自社の顧客層でXにコミュニティを作ることが難しいといった企業が、Xの中で少しでも存在感を出すにはどうすればいいのでしょうか。
引き継いだアカウントの実態
入社後の新卒研修を終えて、わかさ生活のXのアカウント運用を引き継いだ際のフォロワー数は約9900人、1投稿あたりのインプレッションは約500、いいね数は15ほどでした。フォロワー数だけ見れば、そこそこがんばっているアカウントに思えますが、実態は違いました。キャンペーンでフォロワーを集めてはいるものの、投稿はほとんど誰にも届いていないアカウントだったのです。
わかさ生活のサプリメントの顧客層は50代以降が中心で、そもそもSNSをほとんど利用していない年齢層でした。利用者の多くが10〜30代とされるXの世界では、会社のファンをゼロから作っていく覚悟が必要だったのです。
当時、このような現実を目の前にして考えたのは、企業の宣伝が求められていないこの場所でどうすれば「応援してあげよう」「あなたが言うなら話を聞いてあげるか」と思ってもらえる存在になれるかということでした。
理想はもちろん、会社や商品を応援してもらうことです。しかし、そうなると冒頭で述べたような自社の良さや情報を一方的に発信し続けるだけで、反応も付かないアカウントになってしまい、誰にも見てもらえません。一方通行の情報発信で見てもらえるなら、すでに世の中の企業アカウントはどこも成功しているはずなのです。
運用開始3カ月、手持ちの武器を並べてみた
運用開始から3カ月が経った頃、自分が持っている武器を改めてテーブルに並べてみました。公式キャラクターの「ブルブルくん」と、中堅企業にしては高い知名度を持つ「わかさ生活」という社名。そして当時の私は、入社6カ月の新卒社員でした。周りの他社を見渡しても、新卒社員が会社の顔となるSNSアカウントの運用を任されていることは珍しいケースでした。
『新卒』は学生からすれば一番年齢が近い存在。社会人からすれば、誰もが通ってきた道。お子さんがいる方には、自分の子と姿を重ねてもらえるかもしれない。そんな誰からも共感を得やすい『新卒』という属性を武器として使うことにしました。
ただ、顔や名前をそのまま出すのはリスクがある。プライバシーの問題に加えて、若手社員が承認欲求のために目立とうとしていると誤解されるのは本意ではありませんでした。投稿者の顔が見えない場所だからこそ、投稿者の姿が見える状態が欲しかったのです。
企業のロゴのお面や公式キャラクターの被り物をするのはありきたりだと思いましたし、レギュレーションも厳しく現実的ではありませんでした。
無限に投稿が流れてくるXの世界ではその投稿に興味が出なければ、すごいスピードでスキップされていきます。スクロールする手を止めさせる必要がある世界だからこそ、会社とはまったく関係のない市販の馬の被り物を選んだのです。
この選択は、初見のユーザーに「なぜわかさ生活が馬?」と一瞬考えてもらえる余白を生むことや、担当者としての人格を可視化するという意味で効果は絶大でした。
全企業がライバルで、広告費は0円だった
運用開始当初から「企業アカウントで1番になりたい」と目標を語っていた私にとって、Xの世界での競合はサプリメントを扱う企業だけではありませんでした。人気アカウントとしてのイベント登壇や取材など外部の露出枠は限られており、業種を問わず全ての企業アカウントがライバルでした。
実際にそれらの外部の力も借りながらアカウントを育て、採用面接の応募者や営業先から「Xで見ていました」と言っていただく機会も増え、認知がじわじわと広がっていることは肌で実感していました。
ただ、X経由で確実に会社のファンになった方が商品を購入されても、投稿からの流入ではなく好きなタイミングでWEB検索してからの購入という流れが多く、X経由の全ての売上を正確に数値化することは、最後まで叶いませんでした。
GMOグローバルサイン・HDへの転職を発表する際「最後にフォロワーへの感謝を形にしながら、会社に売上として貢献したい」と考え、商品を合計2000円以上の購入で馬のステッカーをプレゼントするというセット販売を実施しました。結果として、約350人の方が購入してくださり、売上は150万円に達しました。1人あたりの平均購入額は約4300円。最低条件の倍以上です。数字の裏側に1人ひとりの熱量を感じた瞬間でした。
通販業界の一般的なCPO(1件の注文獲得にかかる広告費)は5000円〜1万円以上とされていますので、350件の注文であれば175万〜350万円規模の広告費に相当します。ただのイチ社員の転職をきっかけに広告費0円で売上が生まれ、これまで運用で積み重ねてきたものを初めて数字で実感できた瞬間でした。
感情の設計と、見られ続ける覚悟
この馬の注目度が上がるにつれて、同じように動物の被り物を被る企業が増えてきましたが、同じようにXの数字が伸びた姿を見たことがありません。外見は再現できても中身は簡単には再現できない。そういうことだと思っています。
被り物はあくまで引きの強い外見にすぎません。大事なのは『応援したくなる』という感情をどう設計するかです。
嬉しいことは嬉しいと言う。悔しいことは悔しいと言う。完璧を演じず、等身大の姿を見せる。ユニーク性やトレンドを活かして新たな出会いを作りながら、そうやってフォロワーを増やしてきました。
「企業アカウントで1番になりたい」と素直な野望を語り、がむしゃらに運用を続けてきたから「この人が言うなら仕方ない、応援してあげよう」と投稿を見てくれ応援してくれる人が増えたのだと思っています。馬を被ることで投稿の自由さと人格が生まれ、その人格を見てくれる人がいるから、日々の投稿が意味を持つということに気づいたのでした。
私が普段のX運用で昼の社食の写真は載せても自分個人の夜ご飯は載せないのは需要があるかどうか、会社の人格として成立するかどうかを常に考えているからです。そのバランス感覚こそが、企業アカウント運用担当者にとってもっとも大切な要素だと思っています。
被り物はあくまでその人格を可視化するための手段にすぎず、真似して被るだけで投稿が伸びる簡単な世界ではありません。大事なのは外見じゃなくて、応援したくなる感情の設計と、見られ続けることを理解した覚悟なのです。
今やどの企業も当たり前のように自社のSNSアカウントを保有し運用していますが、数多くの企業が「他社もやってるし無料だからウチもしよう」、そんな理由でなんとなくアカウントを開設し、運用しているのではないでしょうか。
この連載は、わかさ生活に新卒で入社し馬の被り物を被った独自運営でいくつもの結果を出した、現・電子印鑑GMOサイン(@GMO_Sign)公式X担当の中の人による連載です。現場の視点から、企業Xについて考えていきます。
企業の発信はなぜノイズになるのか
企業からすれば、Xという場は「多くの人が集まっている絶好の宣伝場所」「バズれば一気に認知が広がる場所」くらいの認識をされていることが多いかと思います。
Xは主に3つの使われ方をしている場です。好きなアーティストやスポーツ・アニメ・ゲームで同志と繋がる『推し活・趣味コミュニティの場』、ニュースや災害情報をテレビより早く知る『リアルタイムの情報収集の場』、そして「わかる!」「同じだ!」と共感し合う『日常のつぶやきの場』です。
これらに共通しているのは「自分が選んで来ている」という点です。誰かに連れて来られたわけではなく、自分の意志でその場にいます。だからこそ、好きでもない企業の求めていない宣伝はただのノイズになります。それでも企業側からすれば、これだけ多くの人が集まる場所で、自社や商品のファンを作りたいと思うのは自然なことです。そのために、各社にSNSの運用担当者が配置されています。
すでに多くのファンを抱えている会社や、企業からの第一報が求められているような会社など、一方的な発信でよい場合もあります。むしろ、下手にコミュニケーションを取ろうとする方が情報を求めているファンにとってのノイズになる可能性があるのです。
問題はそうではない会社です。ファンがまだいない、あるいは自社の顧客層でXにコミュニティを作ることが難しいといった企業が、Xの中で少しでも存在感を出すにはどうすればいいのでしょうか。
引き継いだアカウントの実態
入社後の新卒研修を終えて、わかさ生活のXのアカウント運用を引き継いだ際のフォロワー数は約9900人、1投稿あたりのインプレッションは約500、いいね数は15ほどでした。フォロワー数だけ見れば、そこそこがんばっているアカウントに思えますが、実態は違いました。キャンペーンでフォロワーを集めてはいるものの、投稿はほとんど誰にも届いていないアカウントだったのです。
わかさ生活のサプリメントの顧客層は50代以降が中心で、そもそもSNSをほとんど利用していない年齢層でした。利用者の多くが10〜30代とされるXの世界では、会社のファンをゼロから作っていく覚悟が必要だったのです。
当時、このような現実を目の前にして考えたのは、企業の宣伝が求められていないこの場所でどうすれば「応援してあげよう」「あなたが言うなら話を聞いてあげるか」と思ってもらえる存在になれるかということでした。
理想はもちろん、会社や商品を応援してもらうことです。しかし、そうなると冒頭で述べたような自社の良さや情報を一方的に発信し続けるだけで、反応も付かないアカウントになってしまい、誰にも見てもらえません。一方通行の情報発信で見てもらえるなら、すでに世の中の企業アカウントはどこも成功しているはずなのです。
運用開始3カ月、手持ちの武器を並べてみた
運用開始から3カ月が経った頃、自分が持っている武器を改めてテーブルに並べてみました。公式キャラクターの「ブルブルくん」と、中堅企業にしては高い知名度を持つ「わかさ生活」という社名。そして当時の私は、入社6カ月の新卒社員でした。周りの他社を見渡しても、新卒社員が会社の顔となるSNSアカウントの運用を任されていることは珍しいケースでした。
『新卒』は学生からすれば一番年齢が近い存在。社会人からすれば、誰もが通ってきた道。お子さんがいる方には、自分の子と姿を重ねてもらえるかもしれない。そんな誰からも共感を得やすい『新卒』という属性を武器として使うことにしました。
ただ、顔や名前をそのまま出すのはリスクがある。プライバシーの問題に加えて、若手社員が承認欲求のために目立とうとしていると誤解されるのは本意ではありませんでした。投稿者の顔が見えない場所だからこそ、投稿者の姿が見える状態が欲しかったのです。
企業のロゴのお面や公式キャラクターの被り物をするのはありきたりだと思いましたし、レギュレーションも厳しく現実的ではありませんでした。
無限に投稿が流れてくるXの世界ではその投稿に興味が出なければ、すごいスピードでスキップされていきます。スクロールする手を止めさせる必要がある世界だからこそ、会社とはまったく関係のない市販の馬の被り物を選んだのです。
この選択は、初見のユーザーに「なぜわかさ生活が馬?」と一瞬考えてもらえる余白を生むことや、担当者としての人格を可視化するという意味で効果は絶大でした。
全企業がライバルで、広告費は0円だった
運用開始当初から「企業アカウントで1番になりたい」と目標を語っていた私にとって、Xの世界での競合はサプリメントを扱う企業だけではありませんでした。人気アカウントとしてのイベント登壇や取材など外部の露出枠は限られており、業種を問わず全ての企業アカウントがライバルでした。
実際にそれらの外部の力も借りながらアカウントを育て、採用面接の応募者や営業先から「Xで見ていました」と言っていただく機会も増え、認知がじわじわと広がっていることは肌で実感していました。
ただ、X経由で確実に会社のファンになった方が商品を購入されても、投稿からの流入ではなく好きなタイミングでWEB検索してからの購入という流れが多く、X経由の全ての売上を正確に数値化することは、最後まで叶いませんでした。
通販業界の一般的なCPO(1件の注文獲得にかかる広告費)は5000円〜1万円以上とされていますので、350件の注文であれば175万〜350万円規模の広告費に相当します。ただのイチ社員の転職をきっかけに広告費0円で売上が生まれ、これまで運用で積み重ねてきたものを初めて数字で実感できた瞬間でした。
感情の設計と、見られ続ける覚悟
この馬の注目度が上がるにつれて、同じように動物の被り物を被る企業が増えてきましたが、同じようにXの数字が伸びた姿を見たことがありません。外見は再現できても中身は簡単には再現できない。そういうことだと思っています。
被り物はあくまで引きの強い外見にすぎません。大事なのは『応援したくなる』という感情をどう設計するかです。
嬉しいことは嬉しいと言う。悔しいことは悔しいと言う。完璧を演じず、等身大の姿を見せる。ユニーク性やトレンドを活かして新たな出会いを作りながら、そうやってフォロワーを増やしてきました。
「企業アカウントで1番になりたい」と素直な野望を語り、がむしゃらに運用を続けてきたから「この人が言うなら仕方ない、応援してあげよう」と投稿を見てくれ応援してくれる人が増えたのだと思っています。馬を被ることで投稿の自由さと人格が生まれ、その人格を見てくれる人がいるから、日々の投稿が意味を持つということに気づいたのでした。
私が普段のX運用で昼の社食の写真は載せても自分個人の夜ご飯は載せないのは需要があるかどうか、会社の人格として成立するかどうかを常に考えているからです。そのバランス感覚こそが、企業アカウント運用担当者にとってもっとも大切な要素だと思っています。
被り物はあくまでその人格を可視化するための手段にすぎず、真似して被るだけで投稿が伸びる簡単な世界ではありません。大事なのは外見じゃなくて、応援したくなる感情の設計と、見られ続けることを理解した覚悟なのです。