前回は、企業アカウントの世界で慣習となっている相互の交流が、かえって投稿の伸びを止める話を書きました。誰が反応するかで配信先が決まる今のAIアルゴリズムのもとでは、企業同士の助け合いが「企業クラスタ」という狭い檻の中で循環してしまいます。多くの方はこう思うはずです。なぜBtoBの電子契約サービスを担当するSNS担当者が、企業の輪から抜けるという判断に迷わないのか?普通はしがみつきたくなるものではないか?と。今回はGMOサイン公式X(@GMO_Sign)の運用戦略の土台にある考え方をまとめます。

5年で一度も、SNSの活動を通じた導入はなかった
GMOサインは、紙の契約書と印鑑をデジタルに置き換える電子契約サービスです。主なお客様は企業や自治体になります。BtoBのSNS運用といえば、企業アカウントを狙うのが誰もが考える王道です。結論を先に言います。GMOサイン公式Xは、SNSからの直接導入を運用上の最重要目標にしていません。この考えは前職のわかさ生活で、5年間企業アカウントを運用した経験が元になっています。
私はわかさ生活に入社して3か月でXの運用を任され、2年目からは各地で運用についての登壇機会が増えていきました。当時のBtoB企業との関係は、登壇時の名刺交換とその後に来る営業メールを基本として、数えきれないほどの提案をいただいてきました。ですが、SNS経由でBtoBサービスを会社に入れた経験は一度もありません。これは私に全く裁量がなかった、あるいは会社が新規サービスの導入を控えていたという話ではありません。
広報職だった私は、例えば「媒体クリッピング」では自社キーワードだけでなく競合他社の関連キーワードも自分の判断で追加申請し、どの媒体なら自社も露出しやすいかを研究していました。目的を明確にすれば用意してもらえる、恵まれた環境でした。理由は環境ではなく、構造にあります。
どれだけ仲良くなっても、決裁層には届かない
企業のSNS担当は、広報・マーケ・営業職がほとんどです。どれだけ仲が良くても、その人に電子契約サービスの導入を決める権限はありません。決裁するのは主に各社の法務や総務だからです。
例えば、私がGMOサインのSNS担当者とどれだけ仲良くなっても、「GMOサインの担当者と仲がいいので、時間を取って話を聞いてください」なんてことは社内で言えません。各社のSNS担当者はただでさえ、他の従業員から楽で遊んでいるように見られやすく、他社アカウントとの交流が好意的に見られているとも限らないからです。SNS担当同士が仲良いことは、サービス導入の文脈ではプラスになりません。現場の判断基準は、類似サービスと比べた機能・価格・信頼性だからです。会社が電子契約サービスの導入を検討しているという話をたまたま耳にすれば、私も前向きに動くと思います。広報・SNS関連のサービスなら自分に決裁権があるので検討できますが、それを超える領域のサービスを仲が良いという理由だけで現場に持ち込む気力は、よほどお得な話や特別プランでない限りほとんど湧きません。
だからこそ、5年間で他社SNS担当者から受けたBtoBサービスの提案が、導入に至った経験はゼロだったのです。
限られた工数を、どこに使うか
この話を、GMOサインを提供する側の視点に戻しても同じです。前職では、決裁権を持たない私が提案を受ける側でした。今度は、周りの企業アカウントの担当者が、その“権限を持たない側”になります。
SNSの交流がまったく導入に繋がらないと言っているわけではありません。有難いことに、転職してすぐ「君がGMOサインに転職したのなら、うちも導入します」とおっしゃってくださった経営者の方もいました。ただ、ここまで述べてきた通り、王道とされる企業アカウントをターゲットにする手法では、電子契約という商材の性質上、相手が決裁層でないことがほとんどです。毎日企業アカウントへ挨拶回りを続けても、決裁権を持つ層には届きません。完全にゼロとは言いません。あくまで、ここで天秤にかけているのは工数対リターンです。その工数をどこに使うべきか。そこを今回の判断のポイントに置いています。「それなら、法務・総務を直接狙えばいい」という声もあるかもしれません。ですが、それが一番難しい。SNSでそれが叶うなら、ほとんどの企業アカウントの運用はとっくに成功しているからです。
目指すのは、成功事例として名が挙がること
GMOサイン公式Xは、こうした環境も踏まえ、SNS上での直接的な導入を運用のゴールに置いていません。ではどこを目指しているのか。一言で言えば「WEB上やAIの回答で、企業SNS運用の成功事例として名前が挙がること」です。実際にこの連載も、紙面だけでなくWEBにも掲載いただいています。だからこそ、AIに読み込まれる資産になっていきます。
人気アカウントに育ち、成功事例として名前が挙がる。すると取材や登壇の機会が増える。ここにBtoBならではの意味があります。BtoCのわかさ生活の頃は、外部で登壇しても、業務として社内で評価されることはほとんどありませんでした。ですがBtoBでは、登壇がそのまま名刺獲得のリードになる。同じ「登壇」でも意味がまったく変わります。
露出が増えれば権威性も高まる。人気アカウントとしての紹介が増えれば、決裁層や企業の社長アカウントから直接フォローされる機会も増えていきます。他社が馬とコラボしてバズる姿を見て「あの馬とコラボすれば自社の数字が上がる」と気づいた企業が、GMOサインの導入を条件にコラボを持ちかけてくる。そんな展開も、可能性としては十分あり得ます。これは転職前から描いていた設計です。新卒の頃から「企業アカウントで1番になりたい」と公言し、駆け上る中でこれまで実際に見てきた景色を、BtoBに置き換えただけにすぎません。
描いた設計に、アルゴリズム変化が襲いかかった
実際に転職し、BtoBでありながら企業アカウント全体で見ても高水準の数字を記録していました。ですが、そこに突然、アルゴリズムの変化が襲いかかります。自分自身は企業の相互交流の輪に入っていないのに、企業クラスタの影響を受けて数字が下がっている可能性がある。そう考えたとき、企業クラスタから抜け出すと決めるのは、むしろ当然の選択でした。
BtoBらしからぬ、個人フォロワーという資産
GMOサイン公式Xの強みは、転職前に前身の「GMOサインブログ」Xアカウントと交流していた際、知らぬ間に流れてきていた多くのフォロワーと、転職を発表した際に増えた約8000人からなる個人フォロワーの皆さんです。
先日フォロワーに向けて実施した2時間超のXスペースには、常時80〜90名が聞き続け、延べ539名、録音再生を含めると1046名が耳を傾けてくれました。Xのコミュニティ機能廃止を受けて作ったグループチャット「#はんこっ子の秘密基地」には225名以上が集まっています。その9割以上が個人アカウントです。
BtoB企業で、これほどの個人フォロワーを抱えるアカウントは他に見当たりません。外部登壇で「ファンの作り方」を語るアカウントでも、この熱量の個人層を持つ例はそう多くないはずです。
GMOサイン公式Xの実態は、BtoBの皮を被った、限りなくBtoCに近いカメレオンアカウントです。
私の強みは、前職の角谷社長から「成功した人の1番の事例になってくれ」と、馬のまま温かく送り出してもらえたことにあります。そのおかげで、新卒の頃からの応援者も、転職を機についてきてくれた方も、今も多く残ってくれています。無形商材で唯一持てた武器が、この個人フォロワーの皆さんです。この方法でしか、私に戦う道はありません。
借りものの数字では、語れない
目先の数字だけなら、企業アカウントとコミュニケーションを取り数字を稼ぐのが最も手っ取り早い方法です。ですが、登壇や取材の場で「普段、他社と仲良くして数字を稼いでいます」では、語れることは何もありません。それは自社の力ではなく、借りものの数字だからです。だからこそ短期の楽を選ばず、地力をつける。遠回りに見えても、長期の戦略として運営しています。
「誰が反応するかで配信先が決まる」今のAIアルゴリズムのもとで、企業同士の相互エンゲージメントで楽に数字を稼ぐのか、長期の目線でターゲット層を設計するのか。各社の戦い方が問われています。私はこの道を選びました。
前回は、企業アカウントの世界で慣習となっている相互の交流が、かえって投稿の伸びを止める話を書きました。誰が反応するかで配信先が決まる今のAIアルゴリズムのもとでは、企業同士の助け合いが「企業クラスタ」という狭い檻の中で循環してしまいます。多くの方はこう思うはずです。なぜBtoBの電子契約サービスを担当するSNS担当者が、企業の輪から抜けるという判断に迷わないのか?普通はしがみつきたくなるものではないか?と。今回はGMOサイン公式X(@GMO_Sign)の運用戦略の土台にある考え方をまとめます。
5年で一度も、SNSの活動を通じた導入はなかった
GMOサインは、紙の契約書と印鑑をデジタルに置き換える電子契約サービスです。主なお客様は企業や自治体になります。BtoBのSNS運用といえば、企業アカウントを狙うのが誰もが考える王道です。結論を先に言います。GMOサイン公式Xは、SNSからの直接導入を運用上の最重要目標にしていません。この考えは前職のわかさ生活で、5年間企業アカウントを運用した経験が元になっています。
私はわかさ生活に入社して3か月でXの運用を任され、2年目からは各地で運用についての登壇機会が増えていきました。当時のBtoB企業との関係は、登壇時の名刺交換とその後に来る営業メールを基本として、数えきれないほどの提案をいただいてきました。ですが、SNS経由でBtoBサービスを会社に入れた経験は一度もありません。これは私に全く裁量がなかった、あるいは会社が新規サービスの導入を控えていたという話ではありません。
広報職だった私は、例えば「媒体クリッピング」では自社キーワードだけでなく競合他社の関連キーワードも自分の判断で追加申請し、どの媒体なら自社も露出しやすいかを研究していました。目的を明確にすれば用意してもらえる、恵まれた環境でした。理由は環境ではなく、構造にあります。
どれだけ仲良くなっても、決裁層には届かない
企業のSNS担当は、広報・マーケ・営業職がほとんどです。どれだけ仲が良くても、その人に電子契約サービスの導入を決める権限はありません。決裁するのは主に各社の法務や総務だからです。
例えば、私がGMOサインのSNS担当者とどれだけ仲良くなっても、「GMOサインの担当者と仲がいいので、時間を取って話を聞いてください」なんてことは社内で言えません。各社のSNS担当者はただでさえ、他の従業員から楽で遊んでいるように見られやすく、他社アカウントとの交流が好意的に見られているとも限らないからです。SNS担当同士が仲良いことは、サービス導入の文脈ではプラスになりません。現場の判断基準は、類似サービスと比べた機能・価格・信頼性だからです。会社が電子契約サービスの導入を検討しているという話をたまたま耳にすれば、私も前向きに動くと思います。広報・SNS関連のサービスなら自分に決裁権があるので検討できますが、それを超える領域のサービスを仲が良いという理由だけで現場に持ち込む気力は、よほどお得な話や特別プランでない限りほとんど湧きません。
だからこそ、5年間で他社SNS担当者から受けたBtoBサービスの提案が、導入に至った経験はゼロだったのです。
限られた工数を、どこに使うか
この話を、GMOサインを提供する側の視点に戻しても同じです。前職では、決裁権を持たない私が提案を受ける側でした。今度は、周りの企業アカウントの担当者が、その“権限を持たない側”になります。
SNSの交流がまったく導入に繋がらないと言っているわけではありません。有難いことに、転職してすぐ「君がGMOサインに転職したのなら、うちも導入します」とおっしゃってくださった経営者の方もいました。ただ、ここまで述べてきた通り、王道とされる企業アカウントをターゲットにする手法では、電子契約という商材の性質上、相手が決裁層でないことがほとんどです。毎日企業アカウントへ挨拶回りを続けても、決裁権を持つ層には届きません。完全にゼロとは言いません。あくまで、ここで天秤にかけているのは工数対リターンです。その工数をどこに使うべきか。そこを今回の判断のポイントに置いています。「それなら、法務・総務を直接狙えばいい」という声もあるかもしれません。ですが、それが一番難しい。SNSでそれが叶うなら、ほとんどの企業アカウントの運用はとっくに成功しているからです。
目指すのは、成功事例として名が挙がること
GMOサイン公式Xは、こうした環境も踏まえ、SNS上での直接的な導入を運用のゴールに置いていません。ではどこを目指しているのか。一言で言えば「WEB上やAIの回答で、企業SNS運用の成功事例として名前が挙がること」です。実際にこの連載も、紙面だけでなくWEBにも掲載いただいています。だからこそ、AIに読み込まれる資産になっていきます。
人気アカウントに育ち、成功事例として名前が挙がる。すると取材や登壇の機会が増える。ここにBtoBならではの意味があります。BtoCのわかさ生活の頃は、外部で登壇しても、業務として社内で評価されることはほとんどありませんでした。ですがBtoBでは、登壇がそのまま名刺獲得のリードになる。同じ「登壇」でも意味がまったく変わります。
露出が増えれば権威性も高まる。人気アカウントとしての紹介が増えれば、決裁層や企業の社長アカウントから直接フォローされる機会も増えていきます。他社が馬とコラボしてバズる姿を見て「あの馬とコラボすれば自社の数字が上がる」と気づいた企業が、GMOサインの導入を条件にコラボを持ちかけてくる。そんな展開も、可能性としては十分あり得ます。これは転職前から描いていた設計です。新卒の頃から「企業アカウントで1番になりたい」と公言し、駆け上る中でこれまで実際に見てきた景色を、BtoBに置き換えただけにすぎません。
描いた設計に、アルゴリズム変化が襲いかかった
実際に転職し、BtoBでありながら企業アカウント全体で見ても高水準の数字を記録していました。ですが、そこに突然、アルゴリズムの変化が襲いかかります。自分自身は企業の相互交流の輪に入っていないのに、企業クラスタの影響を受けて数字が下がっている可能性がある。そう考えたとき、企業クラスタから抜け出すと決めるのは、むしろ当然の選択でした。
BtoBらしからぬ、個人フォロワーという資産
GMOサイン公式Xの強みは、転職前に前身の「GMOサインブログ」Xアカウントと交流していた際、知らぬ間に流れてきていた多くのフォロワーと、転職を発表した際に増えた約8000人からなる個人フォロワーの皆さんです。
先日フォロワーに向けて実施した2時間超のXスペースには、常時80〜90名が聞き続け、延べ539名、録音再生を含めると1046名が耳を傾けてくれました。Xのコミュニティ機能廃止を受けて作ったグループチャット「#はんこっ子の秘密基地」には225名以上が集まっています。その9割以上が個人アカウントです。
BtoB企業で、これほどの個人フォロワーを抱えるアカウントは他に見当たりません。外部登壇で「ファンの作り方」を語るアカウントでも、この熱量の個人層を持つ例はそう多くないはずです。
GMOサイン公式Xの実態は、BtoBの皮を被った、限りなくBtoCに近いカメレオンアカウントです。
私の強みは、前職の角谷社長から「成功した人の1番の事例になってくれ」と、馬のまま温かく送り出してもらえたことにあります。そのおかげで、新卒の頃からの応援者も、転職を機についてきてくれた方も、今も多く残ってくれています。無形商材で唯一持てた武器が、この個人フォロワーの皆さんです。この方法でしか、私に戦う道はありません。
借りものの数字では、語れない
目先の数字だけなら、企業アカウントとコミュニケーションを取り数字を稼ぐのが最も手っ取り早い方法です。ですが、登壇や取材の場で「普段、他社と仲良くして数字を稼いでいます」では、語れることは何もありません。それは自社の力ではなく、借りものの数字だからです。だからこそ短期の楽を選ばず、地力をつける。遠回りに見えても、長期の戦略として運営しています。
「誰が反応するかで配信先が決まる」今のAIアルゴリズムのもとで、企業同士の相互エンゲージメントで楽に数字を稼ぐのか、長期の目線でターゲット層を設計するのか。各社の戦い方が問われています。私はこの道を選びました。